フラの豆知識
ププアオエヴァ (Pupu a`o `Ewa)
ププは貝殻。(真珠はモミ)
エヴァは真珠湾の入口あたりの地名です。
「エヴァの貝殻」は、100年前、カラカウア王の時代に作られました。
その地域をハワイの人々は「ワイモミ(真珠の水)」や「プウロア(長い丘)」と呼んでいました。
ワイモミの英訳が、パールハーバー。和訳が、真珠湾。
ププアオエヴァの中では、プウロア と歌われています。
ププアオエヴァの歌には
オアフ島のエヴァ地域の特徴が多く語られています。
神聖で美しいカアラ オアフ島で一番高い山です。
威厳のあるポレア エヴァ地区にある地名です。
誘うようなモアエの風 北東から吹く貿易風です。
気持ちの良いキウの風 北西から吹く冷たい風です。
そしてこの歌のメインは、さびの部分。
エヴァで真珠貝が獲れた!というビッグニュースを、地元の人々が喜んでいる、と何度も繰り返し(フイ)歌われています。
そして、フイの中でも一番大切な1行は、
he ala hele no Ka`ahupahau カアフパーハウの通り道
カアフパーハウ
Q. カアフパーハウとは一体どなた?
A. それは、サメ(マモ)の女神さま
この歌の主人公は、真珠を押しのけ、カアフパーハウに一票!
カアフパーハウは、プウロアの海のを守る神としてハワイの先祖の人々から敬われてきました。
オアフ島の人々を人食いザメから守っていました。
カアフパーハウが守る海は、ワイモミという名がつけられたほど、真珠が獲れた美しい海。
その土地を、home ho`ohihi a ka malihini(訪れる人に居心地のいい家)と歌っています。
この言い回しは、ハワイアンソングに本当によく出てきます。
ワイカロア、ワヒネイリケア、キモフラ…
おもてなしの美学を持つハワイの人にとって、その地を表す最高の表現なんだと思います。
のちに、山側に牧場や農場が作られたことで山崩れが起き、土砂により真珠湾は壊滅的な被害を受け、真珠は絶滅してしまいました。
この軽快で明るい歌には、時代の変化に伴う悲哀はみじんもなく、サメの女神を讃えている時代が輝いています。
パールハーバーの不思議な実話の記録
1887年、カラカウア王が実権を失い、パールハーバーがハワイものではなくなり、アメリカによる軍事利用が始まりました。
その後、パールハーバーにドッグ(造船所、船の施設)の建設が計画され、地元の人々が「サメの女神が住む場所だから」と強く反対しましたが聞き届けられず、建設は進められました。
自然を神聖視するネイティブハワイアンの訴え。
その辺のマンション建設反対!よりも深い涙の中にあったことでしょう。
書いてて涙が出てきてしまいます。
しかし事故や問題が多く起こり工事は難航し、倍の予算4億円と倍の工期4年をかけ、1913年に完成しました。
ところが、完成記念式典で爆発事故が起き、ドックは全壊し死者も出たそうです。
翌年、海軍の依頼により、カフナ(一言で言うと能力者)がカアフパーハウの怒りを鎮める祈りを捧げ、工事を再開しました。
注目すべきは、カフナを呼んだのが海軍だということです。
宗教の違いを超えて、ハワイアンの訴えに耳を貸したということですね。
今度は工事は順調に進みましたが、水抜きをした海底から4メートルを超えるのサメの骨が発見されたと、記録されています。
その頃のプウロア(パールハーバー)
2011年のホイケで、ププアオエヴァを踊りましたね。
特徴的な片手のふりは、サメ女神のカアフパーハウです。
大人数のフォーメーションで海の女神の通り道を表現しています。
最後に人が減っていくのは、真珠も女神様も消えてしまったからです。
明るく軽快に踊って欲しかったので言わなかったけれど、実はひそかに淋しいププ。
ポーマイメリア達が踊っていますね。
7年も前の踊りを出してこないで~!という悲鳴が聞こえます。
わかる。わかるぞ。
実は私も耐えられずに、過去のソロをこっそり削除したことがあります。
あしからず。